▽大竹伸朗 - Ohtake Shinro -
総創作作品点数3万点以上と言われている大竹伸朗さんは眼に写る全てを作品の材料に使い、画家としてデビューして以来、多くの個展を開き、多くの人たちと触れ合ってきた。直島にも数多くの作品を残し家プロジェクトにも参加してきた大竹伸朗さんが次に手掛けたのが実際に入湯できる直島銭湯。「アートの日常化」をテーマにしてきたベネッセや直島にピッタリの作品を話題のクリエーティブ集団grafと共に作りあげたんです。
2006年の「直島スタンダード2」イベントの家プロジェクト【はいしゃ】では『舌上夢/ボッコン覗』を制作していて、元々歯科医院兼住居だった建物を作品かして、外観にはいろんなオブジェや絵、看板なんかがコラージュされていて、大竹伸朗さんお得意のスクラップ・ブックの手法を三次元空間にあますところなく用いてカオス空間を作ったりなんかしています。
直島銭湯について大竹伸朗さん曰く、「明確な完成図の見えない試行錯誤が続く日々、いろいろなことが頭に浮かんだ。一貫してやりたきことは島民の人々に長く愛され続ける銭湯を目指すことであり、自分自身の銭湯作品といった意識は希薄だ。」だそうです。つまり、アーティストとしてやってきた自分がつくる直島銭湯を普通の銭湯として直島の中で愛され続けることで生まれる何かを作ろうとしていうんじゃないですかね。今後も直島と深い関わりを続けるだろう大竹伸朗さんに注目です。
▼大竹伸朗 - Ohtake Shinro -の直島関連作品▼
大竹伸朗 - Ohtake Shinro -の直島関連作品 | |||
建築名 | 完成年 | 展示地域 | ※1 |
『シップヤード・ワークス 船底と穴』 | 1990 | ベネッセハウスミュージアムカフェ | - |
『シップヤード・ワークス 切断された船首』 | 1990 | ベネッセハウス屋外作品 | - |
『シップヤード・ワークス 船尾と穴』 | 1990 | ベネッセハウス屋外作品 | - |
『日本景T』 | 1997 | ベネッセハウスミュージアム | - |
『日本景U』 | 1997 | ベネッセハウスミュージアム | - |
『舌上夢/ボッコン覗』 | 2006 | 本村地区の家プロジェクト【はいしゃ】 | ☆ |
『I LOVE YU(アイラヴユ)』 | 2010 | 直島(宮ノ浦) | ☆ |
※1:☆サイトスペシフィック・ワーク
▼大竹伸朗 - Ohtake Shinro -のBiography▼
大竹伸朗 - Ohtake Shinro -のBiography | |
西暦 | 経歴 |
1955 | 東京都目黒区に生まれる。 |
1974 | 東京芸術大学に落ち、武蔵野美術大学油絵学科に入学するも1週間で休学。 |
北海道の別海町にある牧場で働く。 | |
1975 | 北海道各地を巡りながら絵を描いたり写真を撮ったりして過ごす。 |
1977 | イギリスのロンドンに留学していろんな景色を撮影したりスケッチしたりして作品集を出版する。 |
1980 | 武蔵野美術大学油絵学科を卒業してノイズバンド「JUKE/19」を結成し、自主制作でアルバムを発売。 |
1982 | 個展デビューする。(ギャルリー・ワタリ、東京) |
1983 | 2度目の個展を開く。(ギャルリー・ワタリ、東京) |
1985 | イギリスのロンドンICAで個展を開く。 |
1986 | アーティスト・ブック『倫教/香港 1980』を刊行し、部数限定の豪華本が1986年造本装幀コンクール豪華本部門最優秀賞、ADC最高賞などを受賞する。 |
1987 | 個展「大竹伸朗 1984-1987」を開く。(佐賀町エキジビット・スペース、東京) |
1988 | 個展「キャンバシズム - 夢と細胞」を開く。(西武アート・フォーラム、東京) |
愛媛県宇和島市に活動の拠点を移す。 | |
1989 | アメリカ・インフォメーション・エージェンシー(USIA)及びアーティストコロニー基金の招聘で渡米し旅行したのちにニューヨーク州のミレイ・コロニーで作品制作滞在する。 |
1990 | 個展「SHIPYARD WORKS 1990」を開く。(寺田倉庫、東京) |
1991 | 個展「大竹伸朗の仕事 ECHOES 55-91」を開く。(西武アート・フォーラム、東京) |
1993 | 絵本『ジャリおじさん』を刊行し、第43回小学館絵画賞、1995年ブラティスラヴァ世界絵本原画ビエンナーレ金牌を受賞する。 |
1994 | 個展「大竹伸朗 網膜」を開く。(ギャルリーところ、東京) |
「Out of Bounds」展に参加する。(香川県香川郡直島町) | |
1995 | 「ボアダムズ」のヤマタカEYEと出会い、ユニット「パズル・パンクス」を結成し、CDブック『パイプライン』を制作する。 |
アトランタ・オリンピック委員会(ACOG)及びオリンピック文化機構の招聘によってアトランタで作品制作滞在する。 | |
1996 | ノイズバンド「JUKE/19」の全アナログ盤がCD化。 |
1997 | 個展「大竹伸朗:プリンティング/ペインティング」を開く。(CCGA現代グラフィックアートセンター、福島) |
1998 | 個展「あいまいで私が日本」を開く。(新津市美術館、新潟) |
1999 | 「時代の体温」展(世田谷美術館、東京)で『ダブ平&ニューシャネル』を発表する。 |
個展「日本景/ZYAPANORAMA 大竹伸朗展」を開く。(パルコギャラリー、東京) | |
2000 | 個展「ダブ景」を開く。(KPOキリンプラザ大阪) |
2001 | 個展「大竹伸朗デジタルワークス『鼠景』」を開く。(エプサイト/ナディッフ、東京) |
「THE STANDARD」展に参加する。(香川県香川郡直島町) | |
2002 | 個展「BLDG. 大竹伸朗新作展」を開く。(ベイスギャラリー、東京) |
2005 | 個展「On Paper 大竹伸朗展」を開く。(ベイスギャラリー、東京) |
2006 | 大回顧展「大竹伸朗 全景 1955-2006」を開く。(東京都現代美術館、東京) |
「直島スタンダード2」イベントの家プロジェクト【はいしゃ】で『舌上夢/ボッコン覗』を制作する。(本村地区、香川県香川郡直島町) | |
2007 | 個展「大竹伸朗展 路上のニュー宇宙」を開く。(福岡市美術館、広島市現代美術館巡回) |
2008 | 個展「大竹伸朗 貼 1〜3」を開く。(タケニナガワ、東京) |
2010 | 実際に入湯できる直島銭湯「I Love Yu」(アイラヴユ)をgrafと共に制作する。(宮ノ浦地区、香川県香川郡直島町) |
▼大竹伸朗 - Ohtake Shinro -の主な著書▼
大竹伸朗 - Ohtake Shinro -の主な著書 | ||
著書名 | 出版年 | 出版社 |
『倫教/香港 1980』 | 1986 | 用美社 |
『EMZD』 | 1987 | 用美社 |
『DREAMS』 | 1988 | 用美社 |
『大竹伸朗:アメリカ、アートランダム VOL.1』 | 1989 | 京都書院 |
『Shipyard Works 1990』 | 1990 | UCA |
『SO 大竹伸朗の仕事 1955-1991』 | 1991 | UCA宇和島現代美術 |
『ジャリおじさん』 | 1993 | 福音館書店 |
『東京サンショーウオ』 | 1993 | 京都書院 |
『カスバの男』 | 1994 | 求龍堂 |
『Morocco-paper & needle』 | 1994 | UCA |
『Pipeline』 | 1995 | UCA |
『In Shinjyuku 120%』 | 1995 | UCA |
『ドンケデリコ』 | 1996 | 作品社 |
『ポートレイツ・バイ・アヴェンドン 18th July 1979』 | 1996 | UCA |
『A Tlanta 1945+50』 | 1996 | Nexus Press,Atlanta |
『Printing Painting』 | 1997 | トランスアート |
『YMCB』 | 1997 | トランスアート |
『ぬりどき日本列島』 | 1998 | 新津市美術館 |
『ネガな夜』 | 1998 | 作品社 |
『部分』 | 1998 | リトルモア |
『既にそこにあるもの』 | 1999 | 新潮社 |
『日本景/ジャパノラマ』 | 1999 | 朝日新聞社 |
『18』 | 2002 | 青山出版社 |
『テレピン月日』 | 2002 | 晶文社 |
『UK77』 | 2004 | 青山出版社 |
『権三郎月夜』 | 2006 | 月曜社 |
▼大竹伸朗 - Ohtake Shinro -の主な作品収蔵先▼
大竹伸朗 - Ohtake Shinro -の主な作品収蔵先 | |
収蔵先 | 場所 |
セゾン現代美術館 | 長野県 |
世田谷美術館 | 東京都世田谷区 |
東京オペラシティアートギャラリー | 東京都新宿区 |
箱根 彫刻の森美術館 | 神奈川県箱根 |
広島市現代美術館 | 広島県広島市 |
高松市美術館 | 香川県高松市 |
ベネッセハウス | ベネッセアートサイト直島、香川県香川郡直島町 |
ヴィクトリア&アルバート美術館 | イギリス |
ニューヨーク近代美術館 | アメリカ |